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「もし、余命半年と宣告されたら・・・」自分を鑑みてみる

「もし、余命半年半と宣告されたら・・・・」と自分の今までの生き様をあらためて見つめ直し、日頃からお世話になっている同僚・知人、そして、今は疎遠となってしまった親・兄弟、学生時代の友人など思い起こすことは沢山あるかも知れません。日常、生きていることが当たり前となり、小さなことから感謝・幸せに思うことを忘れ去っていることに気づき、「今何の為に生きているのか?」改めて考えさせられる180日間の残り半年間の人生を全うできるか?その生き様を長編小説で描いた「象の背中」を鑑賞して来ました。主役には、国際俳優として君臨する役所広司(中堅不動産部長の藤山)。末期がんで余命半年と宣告を受けながらも最後まで家族想いで今までの自分自身を問いただし、全うしていく・・・。そして、今井美樹(妻)が、動揺隠せないながらも夫の全てを受け入れ、今まで新婚生活から23年間の想いを張り巡らせる日々が続いて行く。
息子(俊介役)に「出口のない海」などで活躍した若手俳優の塩谷瞬、下の娘(はるか役)に、今年の甲子園のイメージキャラクターとして話題を呼んだ南沢奈央は、女子高校生でチアリーダー部に所属。そのイメージに違和感は無く、可愛らし純情な女の子だった。
配役として印象的だったのが、井川遥(フリーのコピーライターの悦子役)。私個人的な主観として、ウットリしてしまいそうな美人キャリアウーマンとして映し出された。役所広司(中藤山)の片腕として力になってくれた仕事仲間の領域を越え、愛人役として扮している。家族想いのお父さんの狭間の中で、心を癒す拠り所の愛人生活。多少なりとも良心的とは言い難いと燻らされるところに、どれだけ人間として大切な絆を育ませることが出来るのか?幸せの本質を考えさせられるかも知れません。

今までの若い頃を思い出し、絶縁となってしまった兄貴、初恋の相手、些細なことで喧嘩別れしてしまった友人などへ残された時間の中で別れと告げる為、自ら奔走して今まで心の奥にしまい込んでいた想いを吐き出してゆく姿に、自分自身を投影して観た。「もし、自分自身だったら、疎遠となってしまった友人・知人などに駆けずり回るであろう・・・」同じような擬似体験の中から、自分の気持ちや想いを素直に人に伝えることの大切さを鑑みることが出来ました。
その裏手では、臭いものに蓋をしたくなるような人間関係にも出くわすことは必然的であると感じ取りました。それは、今までの競争社会に強いられる中で、人を踏み台にして、自分の欲求・欲望の達成する為に押し通して来たことにも気づかされる。
元取引先の不動産社長に出くわし、自ら過去を清算するべく土下座したシーンも印象的でした。スピリティアルな世界では、カルマの法則として、最終的には良いこと・悪いことは全て自分自身に跳ね返ってくるものだ・・・。と真っ先に感じ取りました。
そこで、人の不幸を自ら体で感じ取ることで、傲慢な気持ちが抑制され、今まで生きて来て成し得ていなかった感謝・思いやりの心が育まれ、魂が磨かれてゆく姿を垣間見たような気がします。

クライマックスが近づくにつれ、主役の役所広司(藤山)は、象の背中と自分の死に様を対比しながら、一緒に培って来た絆の強い家族に温かく見守られたいと切に願う想いが強くなっていく。
「象の背中」とは、象は死に際になると集団から離れ、自ら独りで死に場所を探しに旅に出かける。これは、動物として生存保存や自ら生き抜こうとする本能で、生命の尊さを知ることでは、学ぶべきものがあっても、そのまま人間に生き様に当てはめるべきでは無いとも、感じました。
「家族に温かく見守られたい」。そんな自己愛は、誰でも持っていて、その気持ちは痛切に感じることが出来ます。しかし、その見返りの為に人へ働き掛けてはいけないし、過度に想いが強すぎると自己愛(小我の愛)へと後退してしまうと思いました。大我の愛を育む為に、この世に生きていることを掴み取れば、「自分を全うし、その人が幸せでになってくれれば良い」という自己愛からの切り離しが大切であるとも感じました。

余生半年と宣告されて、限りある人生のどのように全うしたら良いか?
この考え方が全ての人生で全う出来たら、素晴らしい人生を歩み出せるであろうと鑑みれる映画だと思います。

象の背中公式サイト

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